
自分のことは、自分がいちばんよく分かっている。そう感じている方は多いと思います。
けれど、自分をどれくらい客観的に見られているかは、感覚だけでは測れません。「自分の性格や強みは分かっているつもりなのに、なぜか人間関係や仕事でつまずく」と感じているなら、最後まで読んでいただく価値があると思います。
この記事では、自己認識という言葉が指す2つの種類と、内省との違い、そして自己認識を高めていく具体的な方法を、海外の調査結果と弊社の実装事例をもとに整理しました。
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自己認識とは 自分を、自分の外側からも見られている状態
自己認識とは、自分の内側だけでなく、自分の外側からも自分を見られている状態を指します。
自己認識は「自分を知っている」ことではない
自己認識は、好きな食べ物や過去の経歴を答えられることではありません。自分の感情や価値観、そして他人からどう見えているかまで含めて把握している状態を指します。知識として知っていることと、実際に見えていることは別のものです。
自己意識・自意識との違いは、向いている方向
自己意識は「自分に注意が向いている状態」そのものを指す言葉です。自己認識は、その注意が正確に自分を捉えられているかどうかという、精度の問題になります。注意を向けているのに、見えているものが歪んでいることもあります。
英語では self awareness(セルフアウェアネス)と呼ぶ
自己認識にあたる英語表現は self awareness(セルフアウェアネス)です。海外の心理学の研究や人材育成の分野では、この語を軸に多くの調査が行われてきました。本記事で紹介する調査も、いずれもself awarenessを対象にしたものです。
自己認識は、性格ではなく身につけられる力
自己認識は、生まれつきの性格ではありません。向き合い方や記録の取り方を変えることで、後から高めていける力です。似た言葉に自分軸があり、自分軸とは何かとブレない軸のつくり方では、自分の中心にある軸を12項目で確かめる方法を紹介しています。扱う範囲は少し違いますが、どちらも自分の外側から自分を見る作業です。
自己認識には2つの種類がある(内的と外的)

自己認識には、自分の内側を見る力と、自分が周りからどう見えているかを見る力の、2つの種類があります。
内的自己認識=自分の価値観・感情・反応が見えている
内的自己認識とは、自分の価値観や感情、日々の反応が、自分自身に見えている状態です。何が起きたときに心が動くのか、何を大事にして判断しているのかが分かっている状態と言えます。この後の章で触れる価値観も、内的自己認識を支える土台のひとつです。
外的自己認識=他人からどう見えているかが分かっている
外的自己認識とは、自分が周りの人からどう見えているかが分かっている状態です。自分では気づいていない癖や印象は、自分の内側を見つめるだけでは分かりません。だからこそ、人から受け取るという工程が別に必要になります。
この2つは、片方が高くても、もう片方が高いとは限らない
内的自己認識が高い人が、外的自己認識も高いとは限りません。自分の価値観には詳しくても、周りにどう見えているかには無自覚、ということが起こります。逆に、周りの評価には敏感でも、自分が何を大事にしているかが曖昧な人もいます。
4年・約5,000人を対象にした調査から出た枠組み
この2つの種類は、Harvard Business Reviewに掲載された調査がもとになっています。海外の研究では、4年間・10件の個別調査・約5,000人を対象に、自己認識について調べています。内的自己認識と外的自己認識という2種類の枠組みは、この調査から導かれたものです。
自己認識できている人は、思っているより少ない
基準に当てはまったのは10〜15%だった
海外の研究では、自己認識の基準に当てはまった人の割合は、対象者の10〜15%にとどまりました。多くの人が自分は自己認識できていると考えている一方で、実際に基準を満たした人はそれほど多くありませんでした。自己認識は、思っているより手前の段階にいる人が多い力だと言えます。
「95%が自分は自己認識できていると思っている」の出どころ
「95%の人は自分は自己認識できていると思っている」という発言は、HBRの記事本文ではなく、著者自身によるTEDxの講演の中で語られたものです。TEDxでの発言では、実際の割合は10〜15%に近いと述べられています。10〜15%はHBRに掲載された調査の数字、95%は著者自身がTEDxの講演で述べた数字と、出どころが分かれています。
この数字を、どこまで信じてよいか
95%がどのような方法で測定されたかは、講演でも記事でも説明されていません。そのため本記事では、統計的な事実としてではなく、著者自身の発言として位置づけています。数字の大小よりも、「多くの人が自分を過大に評価しやすい」という傾向として受け取るのが安全です。
分かっていないことを、分かっていない
自己認識の難しさは、足りていない部分そのものが見えにくいところにあります。自分では十分に見えていると感じていても、実際には見えていない領域が残っていることがあります。だからこそ、次の章で扱う内省だけでは、この差は埋まりません。
自己認識と内省は同じではない

自己認識は、内省を重ねれば自然に高まる、というものではありません。
内省を多くしても、洞察が高まるとは限らない
内省の量そのものは、自己認識の深さと同じ方向には動きません。考える時間を増やすことと、実際に自分が見えるようになることは、別の力です。むしろ考えすぎることで、同じ結論を堂々巡りしてしまう場合もあります。
尺度の研究で、内省と洞察は逆向きの相関を示した
海外の研究では、私的自己意識尺度に関する論文で、自己内省と洞察という2つの因子が測定されています。その結果、自己内省とは正の相関、洞察とは負の相関という、逆向きの結果になりました。内省を多くしても、洞察という自己認識に近い力が高まるとは限らないことを示しています。
考え続けることと、見えるようになることは別
内省は「考える」という行為そのものです。自己認識は、その結果として「見える」という状態にたどり着けているかどうかです。考える時間を長くするより、考え方の向きを変えるほうが、見えるようになる近道になります。
「なぜ」より「何」を問うほうが進む
先に紹介した調査の記録では、自己認識の高い人たちの言葉に「なぜ」より「何」が圧倒的に多く現れていました。「なぜ」は原因を探る問いで、答えのない堂々巡りに入りやすい性質があります。「何」は起きた事実に焦点を当てる問いで、次の行動につながりやすくなります。
自己認識が低いと、職場で何が起きるか
自分の機嫌が、周りの仕事量を変えている
自分の機嫌の浮き沈みに気づいていないと、その影響も見えないままになります。周りは無意識のうちに、機嫌をうかがう動き方を増やしていることがあります。自分では普通に振る舞っているつもりでも、周りの負担は変わっている場合があります。
指摘が届かず、同じことを繰り返す
自分の判断の癖が見えていないと、同じ指摘を何度も受けることになります。指摘そのものは届いていても、自分の行動と結びつかないまま流れてしまいます。結果として、同じ場面で同じつまずき方を繰り返しやすくなります。
強みを、使いすぎて短所にする
得意なやり方には、無自覚に頼りすぎてしまう側面があります。価値観と強みの違いと自己理解の順番でも触れているとおり、強みは使う場面や量を誤ると、短所として周りに映ります。強みそのものではなく、使い方の自覚が自己認識の役割になります。
自分の判断の癖に、名前がついていない
人はそれぞれ、判断のときに寄りかかりやすい癖を持っています。その癖に名前がついていないと、癖であることにすら気づけません。名前をつけて自覚できると、その癖を選んで使うか、あえて避けるかを選べるようになります。
自己認識力を高める方法は「なぜ」をやめること

自己認識力を高める方法として、まず試しやすいのは「なぜ」をやめることです。
「なぜ落ち込んだのか」を「何が起きたのか」に置き換える
「なぜ落ち込んだのか」と問うと、原因探しの堂々巡りに入りやすくなります。「何が起きたのか」に置き換えると、事実の順番を追うだけで整理が進みます。感情が動いたときほど、この置き換えが効きます。
出来事・感じたこと・したこと、の3つに分けて書く
書くときは、出来事・感じたこと・したこと、の3つに分けます。分けずに書くと、感情と事実が混ざって、あとから読み返しにくくなります。この書き方をさらに詳しく知りたい方は、大人の自己分析のやり方と続ける手順で、続けるための5つの手順として紹介しています。
書いたものを、翌日にもう一度読む
書いた直後は、感情がまだ近い距離にあります。翌日に読み返すと、距離が生まれて、事実として眺められるようになります。このひと手間が、記録を自己認識につなげる分かれ目になります。
感情に名前をつける(近い言葉を3つ出して1つ選ぶ)
「モヤモヤする」のような大まかな言葉のままでは、次の一歩につながりにくくなります。近い言葉を3つ出してから、いちばん近いものを1つ選びます。名前がつくと、同じ感情が次に来たときに、早く気づけるようになります。
自己認識の外側を、人から受け取る
「どう見えているか」は、自分では取りに行けない
外的自己認識は、自分の内側をどれだけ見つめても手に入りません。人からの言葉を通してしか、取りに行けない情報だからです。自分の強みの見つけ方と活かし方も、自分ひとりでは気づきにくい部分を、他人の視点を借りて言葉にする方法を扱っています。
聞くなら「改善点」ではなく「気づいたこと」
「改善点を教えてください」と聞くと、相手は身構えて当たり障りのない答えを返しやすくなります。「気づいたことがあれば教えてください」と聞くと、評価ではなく観察として答えてもらいやすくなります。聞き方ひとつで、返ってくる情報の質が変わります。
受け取ったあと、その場で反論しない
言われたことが意外だったとしても、その場で反論すると、次から本音を言ってもらいにくくなります。まずは「そう見えていたんですね」と受け取ります。納得できるかどうかは、あとから自分の中で考えれば十分です。
全員の意見を採らない(1人の意見は1つの視点)
1人から受け取った意見は、その人から見えた1つの視点にすぎません。全員の意見をそのまま採用しようとすると、かえって自分を見失います。複数の人から聞いた話に、繰り返し出てくる部分があれば、そこに注目します。
自己認識を、書くことで進める
4日間書いた実験で、その後の受診回数が少なかった
海外の、40年近く前の小規模な実験ですが、心理的な出来事を書き出す実験が行われています。1986年の実験論文では、外傷体験を4日間書いた学生は、些末な話題を書いた学生に比べて、その後6か月間の保健センターの受診回数が少なかったと報告されています。書くという行為そのものに、自分を整理する働きがある可能性を示しています。
これは海外の研究で、対象は学生46名
この実験の対象は46名の学生で、規模としては大きくありません。「書けば健康になる」と一般化できる結果ではなく、あくまで一つの実験として受け取ります。それでも、出来事を言葉にする作業に意味があるという方向性は、参考になります。
毎日書くなら、短くてよい
毎日続けることを優先するなら、1回の分量は短くて構いません。出来事・感じたこと・したこと、の3つを数行ずつ書くだけでも十分です。長く書くことよりも、途切れずに続けることのほうが、自己認識には効きます。
書いたものは、見せる前提にしない
誰かに見せる前提で書くと、無意識に体裁を整えてしまいます。自己認識のために書くときは、自分だけが読む前提で書きます。整った文章である必要はなく、そのときの言葉のままで十分です。
自己認識の土台になるのは、価値観

自己認識を支える土台のひとつが、自分が何を大事にしているかという価値観です。
感情は「何かが大事にされなかった」ときに動く
感情は、理由もなく動くわけではありません。自分が大事にしているものが、大事にされなかったと感じたときに、感情が動きます。価値観が分かっていないと、感情が動いた理由も分からないままになります。
大事にしているものが分かると、反応の理由が分かる
同じ出来事でも、大事にしているものが違えば、動く感情も変わります。自分の価値観が言葉になっていると、「なぜ今、こんな反応をしたのか」がつながって見えてきます。これが、自己認識と価値観がつながっている理由です。
向かい合う価値観は押し合う
価値観は、8つの軸で捉えることができます。成長・学びと安定・安心、自由・柔軟性と誠実・信頼のように、向かい合う軸は互いに押し合う関係にあります。片方が強くなれば、もう片方は弱くなる、というシーソーのような関係です。
8つの軸の合計は変わらない
8つの軸の合計は、常に一定に保たれます。以前は、触れた軸だけが増えていく方式で運用していましたが、その結果、書けば書くほど8つすべてが高い数値に寄ってしまい、図を見ても何も伝わらない状態になっていました。「全部が大事」になった図は、自己認識の図としては何も言っていないのと同じです。価値観16タイプと8つの軸では、この8つの軸を一覧で紹介しています。
自己認識を、当てにいかせない

自己認識を助けようとするとき、当てにいくことがかえって邪魔になる場面があります。
誰にでも当てはまる言葉は、自己認識ではない
「本当はやさしい方ですね」のような言葉は、誰に言っても当てはまってしまいます。弊社のAIコーチの実装でも、こうした誰にでも当てはまる言い方は、してはいけないこととして扱っています。言い当てて驚かせると、気づきの持ち主がこちらになってしまい、本人のものにならないからです。
「本当は繊細な一面をお持ちですね」が効いてしまう理由
こうした言葉は、当たっているように感じやすいという性質を持っています。根拠を示せない褒め言葉は、その場では気持ちよく聞こえますが、次に何を言っても軽く聞こえるようになってしまいます。気持ちよさと、実際に自分が見えることは、別のものです。
性質とその正反対を1文に入れると、外れなくなる
「普段は慎重だけれど、ここぞという時には大胆に動く方ですね」のように、性質とその正反対を1文に入れると、どちらに転んでも当たったことになります。これは自己認識を助けているように見えて、実際には何も言っていません。外れない言葉は、当てる工夫であって、理解ではありません。
根拠を先に置いてから、仮説にする
有効なのは、「先週こう書かれていました。あそこは、こういう場面だったのかもしれませんね」のように、根拠を先に置いてから仮説として渡す順番です。根拠がない場合は、当てにいかず、開いた問いを一つ置いて本人に語ってもらいます。まだ分からないまま隣にいることは、当てて見せることよりも誠実で、相手にもそう伝わります。
自己認識をメタ認知と混ぜない
メタ認知は、自分の思考の過程を客観的に捉える力
メタ認知とは、自分の思考の過程を客観的に捉える力を指す言葉です。自己認識が「自分」そのものに向かう力であるのに対して、メタ認知は「自分の考え方」に向かう力という違いがあります。似ている場面で使われますが、向いている先が異なります。
中央教育審議会が答申で位置づけている
日本では、中央教育審議会の答申の中で、自己の感情や行動を統制する能力や、自らの思考の過程を客観的に捉える力を、いわゆる「メタ認知」として位置づけています。教育の文脈で使われることが多い言葉です。
学術的な系譜が違うので、同じ意味では使わない
メタ認知は教育学・認知科学の系譜から生まれた言葉です。自己認識(self awareness)は、心理学の系譜から生まれた言葉です。似た場面で語られることはあっても、同じ意味の言葉として置き換えないほうが、正確に伝わります。
自己認識を、部下に育ててもらうときのやり方
評価と同じ場でやらない
評価の場で自己認識を引き出そうとすると、本人は評価されない答えを探してしまいます。自己認識を育てる時間は、評価とは別の場に分けます。場が分かれているだけで、話される内容の深さが変わります。
気づきを、こちらから言い当てない
上司が先に「こういうことですよね」と言い当てると、気づきは本人のものにならず、上司のものになってしまいます。言い当てたくなる場面ほど、いったん止めます。気づきは、本人が自分の言葉で言えたときに、初めて本人のものになります。
本人の言葉を、そのまま返す
本人が話した言葉を、一般的な言葉に置き換えずに、そのまま返します。言い換えられると、本人は自分の話ではないように感じてしまうことがあります。本人の語彙のまま扱うことが、話しやすさにつながります。
記録は本人のものにしておく
弊社のサービスでは、書いた記録は本人だけのものとして扱っています。上司や管理者が、個人の記録を見ることはできない設計にしています。見られるかもしれないという不安があると、本音は記録に残らなくなります。
自己認識に関するよくある質問
Q. 自己認識と自己肯定感は違いますか?
違います。自己認識は「自分をどれだけ正確に見られているか」という精度の話です。自己肯定感は「自分をどれだけ肯定的に受け止められているか」という評価の話で、精度が高くても肯定的に受け止められるかどうかは別の力になります。
Q. 自己認識が高いと、生きづらくなりませんか?
自分の弱さや癖が見えることを、つらいと感じる場面はあると思います。ただ自己認識は、自分を裁くための力ではありません。見えたものにどう向き合うかは、自己認識の高さとは別に選べます。
Q. 診断ツールで自己認識は測れますか?
診断ツールは、自分の価値観や強みの傾向を言葉にする助けになります。ただし、それだけで自己認識のすべてが測れるわけではありません。診断結果と、日々の出来事の記録を合わせて見ていくことで、自己認識に近づいていけます。
Q. 自己認識はどのくらいで変わりますか?
自己認識は、一度に大きく変わるものではありません。出来事を書き留めて振り返ることを積み重ねる中で、少しずつ精度が上がっていきます。今日書いた記録が、そのまま次の材料になります。
自己認識を、今日ひとつの問いから始める(まとめ)
自己認識は、自分の内側と外側の両方から自分を見られている状態であり、内省を重ねるだけでは自然に高まるものではありません。「なぜ」を「何」に置き換えて出来事を書き、人から気づきを受け取り、価値観という土台と結びつける。この積み重ねが、自己認識を少しずつ確かなものにしていきます。
自分の外側から見た自分は、自分ひとりでは取りに行けません。価値観軸チェックは、二択12問に答えるだけで、自分が何を大事にしているかを言葉にできる無料のツールです。登録は不要です。今日ひとつ、選んだ結果のほうから自分を見てみることから、始めてみてください。
この記事を書いた人:鶴田 洋(つるた ひろし)|ギャラップ認定クリフトンストレングスコーチ(2025年取得)。東証プライム企業で管理職・マネジメントを経験し、これまでに500回以上のコーチングセッションを担当。


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